1) Name and address
 2) JPN language courses taking at Bates /Major & Secondary Concentration
 3) Study Abroad
 4) Thesis in GREALL or Asian Studies Program
 5) Other experiences at Bates
 6) What you have been doing
 7) How you got the job
 8) How helpful your study of Japanese has been
 9) good things (helpful, enjoyable, hard, etc.) about studying Japanese
10) suggestions & comments
 

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Victoria Gellert '92

She was one of my first students at Bates, so I taught her only one year. However, she nicely keeps contacting me. She has been teaching Japanese at a high school in Anchorage, Alaska. She got a MA degree at University of Alaska (I think) after graduating from Bates. During her graduate school, she got grants and visited Japan and studied in Japan. She recently got engaged and sent me a wonderful picture (as shown here).
 
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Brad Adams '92 
 
  Recently I read his article, which he worte for the "Wishborn newsletter: Vol 19" by Forval Foundation. If you cannot read JPN, please use <Rikai>.

『 世界で活躍するインターンシップ卒業生』
1991年度研修生
ブラッド・アダムス

  1991年フォーバルファンデーション(当時は大久保ファンデーション)の研修生の一人としてインターンシップの機会を与えて頂いたことにとても感謝しています。
 このインターンシップは私の人生を形作りました。日本でのインターンシップの経験が国際ビジネスの能力を開花させ、特に卒業後、日本企業との関わりにおいて大きな影響を与えたと思います。
 フォーバルのプログラムに参加した時、私はメイン州にあるベイツ大学の3年生でした。大学で3年間日本語を勉強していましたが、日本に行く機会はありませんでした。大学では、野球とバスケットボールの代表チームのメンバーとして活躍していましたし、夏休みには授業料のために働かなくてはいけなかったので海外で勉強する事は不可能でした。ところがフォーバルインターンシップは夏休みに日本企業で働くことによって研修手当てがもらえるため、それを学費にできました。そしていつも夢見ていた日本での生活を体験できるチャンスを得ました。
 インターンシップ中は千葉県柏市議会議員の上橋泉事務所で2ヶ月間働きました。この夏は私にとって素晴らしい夏となり、とても貴重な人間関係を築く事が出来ました。
 1992年にベイツ大学卒業後、公募債券、企業買収、合併、株取引、借入など投資銀行業務で経験を積み、コネチカット州、ハートフォードに本社を置く中規模の投資銀行のアドベスト社で仕事を始めました。アドベスト社では2ヶ月の交換プログラムに参加して、鎌倉コーポレーションというアドベスト社の提携企業で働きました。鎌倉コーポレーションでは、企業の合併と買収がどのように日本の市場で完了されるかについて学びました。それは、もう一つの素晴らしい経験でした。
 アドベスト社で5年間働き、その後コーネル大学大学院でMBA資格取得のためアドベスト社を退職しました。コーネル大学で沢山の日本人学生と友達になり、1999年の冬休みには大阪から東京まで旅行をする機械にも恵まれました。この旅行中に日本企業やコーネル大学の多くの卒業生と出会いネットワークを築くことが出来ました。1999年にコーネル大学大学院を卒業し、ボストンにあるアドベスト社に戻りKPMG社でインターネット関連企業をスタートさせました。この期間中にCFA(公認会計分析官)の資格も取得しました。
 度々日本へ旅行したこと、多くの日本のクライアントと仕事をした経験があったからこそ、アドベスト社、KPMG社で働いている間も日本での取引に関心を持ち続けることが出来たのだと思います。それは非常に幸運なことだと思います。
 2002年の6月に10年以上一緒に働いてきた仲間と供にKPMG社を退職し、ボストン・コーポレート・ファイナンス(BCF)という投資銀行業務を行う小さな会社を始めました。BCF社では国際規模の技術系の会社に対し、合併や買収のアドバイス業務を行っています。私達の仕事の70%以上は海外からの国際的な業務です。国際ビジネスのかなり多くの部分は日立、NEC、ユニデン、伊藤忠などの日本企業からの案件です。日立は6年以上にわたりアメリカにおいて成果をあげている大手クライアントの1社でもあります。BCF社の設立からずっと時間をみつけては日本語力を維持しようと努力しましたがとても難しいことでした。クライアントとの打ち合わせは英語で行われますが、日本語を理解し場合によっては日本語を使うことによって、日本の多国籍企業の役員との関係がより強固になります。またフォーバルファンデーションのインターンシッププログラムのことを話題にするととても興味を示してくれます。
 この5年あまりでBCF社は12名の専門家を擁する会社に成長しました。私達は最近新しいオフィスに移り、更に成長を続けています。私たちは日本に於けるビジネスを加速させるために東京に支社を造ろうと考えています。そうなれば日本企業の問題点を見つけ出す良い機会になると思います。
 私は1991年のフォーバルインターンシッププログラムで知り合った人たちとの友好関係を継続しています。大久保さんが日米間の友好関係を増進する目的で設立した国際交流プログラムの目的を達成するためです。私は研修の時お世話になった上橋さんとも連絡を取り合っています。2002年に上橋さんは11人のグループでアメリカに私を訪ねてくれました。グループのうち5人は私の家に泊まり、他の人は近くのホテルに泊まりました。彼らは週末ボストンに滞在し、私の家で歓迎夕食会を行いました。私は車を借りてプリムス・プランテーション(ニューイングランドの開拓者村)やボストンの歴史的史跡を案内しました。それ以外にもショッピングをしたり、レストランでロブスターやクラムチャウダーを食べたりしました。彼らがハノーバー、ニューハンプシャー、ニューヨークへ向かう前にハーバード大学も訪問しました。私は日本に行くたびに上橋さんと会う機会を作るように心がけています。上橋さんとは様々ないい思い出があります。
 個人的には1999年にアリッサと結婚しました。私達には2歳半になるダニエルという娘がいます、春には男の子と女の子の双子が生まれる予定です。私の妻も日本に興味があり日本に旅行したこともあります。お寿司も好きですが今は妊娠中のため食べる事が出来ません。私は野球シーズンの到来を待ちわびています。特に今シーズンは松坂大輔がボストン・レッドソックスに加入したのでとても楽しみです。私は熱狂的なレッドソックスファンで、今は松坂のファンでもあります。ファンはヤンキースを打ちのめし、ワールドシリーズで優勝することを期待しています。
 結論として、私の成功の要因はフォーバルファンデーションのインターンシッププログラムに因るところが大きく、私に日本で働く機会を与えてくれた大久保さんとファンデーションに感謝しています。私はボストン・コーポレイト・ファイナスで日米企業間の商取引に重点をおいたビジネスを行っていくつもりです。ですから友人も沢山いる日本への訪問の機会をもっと増やしたいと思います。私は何かフォーバルファンデーションのお役にたつことがあればどんなことでもするつもりです。私にとって日本でのインターンシップは素晴らしい経験でしたので、喜んで恩返しをしたい気持ちでいっぱいです。